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最高裁判所大法廷 昭和27年(あ)838号 判決 1957年2月20日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人熊谷憲通、同申奉閏、同中島健治、同斎藤乗一の弁護人上田誠吉、同福田力之助の上告趣意について

所論は要するに被告人等が憲法三八条一項に基づきその氏名を黙秘し、監房番号の自署、拇印等により自己を表示し弁護人が署名押印した弁護人選任届を適法な弁護人選任届でないとしてこれを却下し結局自己の氏名を裁判所に開示しなければならないようにした第一審の訴訟手続及びこれを認容した原判決は憲法三八条一項の解釈を誤り、且つ同三七条三項に違反するものであるというに帰着する。

記録によれば第一審において被告人等はそれぞれ被疑者又は被告人として所論のような弁護人選任届を提出したが、その提出はいずれも不適法として却下され、裁判所において各被告人のため国選弁護人を選任したところ、被告人等はそれぞれその氏名を開示して私選弁護人選任の届出をなすに至ったことは所論のとおりである。

しかし、被告人申を除くその余の被告人等については、いずれも第一審第一回公判期日以降その私選弁護人立会の下に審理が行われているのであり、また被告人申についても第一回公判期日は国選弁護人立会の下に開廷され若干の審理がなされ弁論の続行となったのであるが、第二回公判期日以降はその私選弁護人立会の下に証拠調をはじめその他すべての弁論が行われているのであり、しかも、所論弁護人選任届却下決定に対して被告人の一部からなされた特別抗告も取下げられ、この点については爾後別段の異議もなく訴訟は進行され第一審の手続を了えたのであって、被告人等においてその弁護権の行使を妨げられたとは認められない。それ故憲法三七条三項違反の所論は採るを得ない。(昭和二四年(れ)二三八号同年一一月三〇日大法廷判決、判例集三巻一一号一八五七頁以下参照)。

次にいわゆる黙秘権を規定した憲法三八条一項の法文では、単に「何人も自己に不利益な供述を強要されない。」とあるに過ぎないけれど、どの法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきであることは、この制度発達の沿革に徴して明らかである。されば、氏名のごときは、原則としてここにいわゆる不利益な事項に該当するものではない。そして、本件では、論旨主張にかかる事実関係によってもただその氏名を黙秘してなされた弁護人選任届が却下せられたためその選任の必要上その氏名を開示するに至ったというに止まり、その開示が強要されたものであることを認むべき証跡は記録上存在しない。(昭和二三年(れ)一〇一〇号同二四年二月九日大法廷判決、判例集三巻二号一四六頁以下参照)。それ故、論旨はすべて理由がない。

被告人熊谷憲通の上告趣意について。

論旨は本件被告人等の行動は無法なるレッド・パージに対して労働者が多数結集して反対の意思を表示し、その交渉をなすためになされた団体行動であり、憲法二八条の保障するところであると主張する。しかし事実審の確定した事実によれば、京成電鉄株式会社がその労働組合の承諾を得て人員の整理を発表した際、被整理者及びその人員整理に反対する労働組合の一部のもの、その他外部の友誼団体員等約一五〇名が京成津田沼駅構内にある同会社労働組合本部に赴き労組委員長以下の幹部に対してさきになした人員整理承諾の決議の取消その他の要求をなし、同委員長等においてその協議をなす間、同駅中央ホームで気勢をあげていたとき、右交渉応援のため同所に来集していた被告人等は集団の威力を背景にその業務に従事中の新聞記者又は警察職員に対し判示のように殴る蹴る等の暴行を加え傷害したというのである。かくの如き労働組合員相互間の交渉のため、しかもその組合員以外の多数の者が参加してなされた集団行動は憲法二八条の保障する団体行動には該当しないのみならず、判示の如き暴行罪、傷害罪等を構成するような行為はたとえそれが憲法二八条にいわゆる勤労者の団体行動の際行われたとしてもこれを正当化するいわれはない。(昭和二二年(れ)三一九号同二四年五月一八日大法廷判決、判例集三巻六号七七二頁以下参照)。それ故、所論違憲の主張はその理由がない。またレッド・パージそのものが憲法に違反するか否かも本件犯行の成否を左右するものではない。その他の所論は畢竟事実誤認の主張に帰し、論旨はすべて採るを得ない。

よって刑訴四〇八条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己)

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